シャネル帝国の支え

1971年、シャネル87歳。フランスのパリ、ホテル・リッツの一室で息を引き取る。
シンプルままでに、仕事部屋から寝に戻るだけの部屋であったという。
クローゼットには、たった二着のスーツがかかっているだけだった。

それまでシャネル帝国の火付け役であった、シャネル本人を失うと、
その経営権は、ヴェルタイマー一族へと引き継がれる。
香水「NO. 5」の経営権を巡り、争った一族であるが、
シャネル帝国を経営面から陰ながら支えてきた一族でもある。

1983年、新たなシャネルの先導役としてデザイナー、カール・ラガーフェルドが
シャネルビジネスに迎えられるまで、ヴェルタイマー一族はブランド「シャネル」の
立て直しをはかるが、空白の10年間と言われほどシャネルは低迷していく。

ヴェルタイマー一族が、ブランド「シャネル」大きく関わりを持つのは、
シャネル商品の中でも、空前のヒット商品、香水「No. 5」の事業を展開させた時期である。

伝説的な香水「No. 5 」をビジネスとして展開する為に、ココ・シャネルが必
要としていたのは、資本的な後ろ盾と、商品の生産、流通にに関するノウハウであった。
その後ろ盾となったのが、フランスを代表する化粧品会社を経営するヴェルタイマー一族であったのだ。
彼らは、シャネル帝国の土台を築き、シャネルは、その船頭となった。
ブランド経営が成功に導かれるとともに、シャネルと一族との間に溝ができはじめた。
経営権を巡り訴訟にまで発展した騒動ではあるが、時を経て和解となった。

シャネル皇帝として迎えられたデザイナーのラガー・フェルドが、
現在のブランド「シャネル」を立て直したその背景にも、
ヴェルタイマー一族の支援と経営力は不可欠だ。
経営の賢者と天才的なデザイナーの豊かな才能によって
ブランド「シャネル」は繁栄を遂げてきたのである。

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